旅先での出会いの思い出

旅を愛する谷岡亜紀をご存知ですか? 谷岡は香港でこんな歌を詠んでいます。「臓物を大鍋に煮る屋台まで人生の今日を歩み来たれり」。これは香港の下町をぶらぶらしているうちに屋台を見つけた、そこでは大きな鍋でぐつぐつと臓物が煮込まれていた。食べてみたところ、こんなに美味いものはないと感動し、これを食べるために自分は今まで生きてきたと感じたという、そんな意味ではないでしょうか。とても心に残る歌だと思います。

香港は、自分も一度だけ訪れた記憶があります。1992年のことです。まだ中国への返還前の時期でした。それでも人民元がそろそろ幅をきかせていたような気がします。後輩とふたり、この歌のように下町の屋台をめぐったり、朝の公園を歩いたりしたものです。いわゆる観光地とよばれるところで訪れたのは、タイガーバームガーデン(虎豹別墅)くらいだったように思います。

九龍地区の路地裏をしばらく歩いているうちに、やがて日本人の姿が見えなくなり、そのうち西洋人も消えてしまい、あたりは広東語一色となりました。古いアパートとアパートの隙間の狭い空間で、紙牌に興じる老人たちがいます。彼らは外国人である自分たちをにらむように見ました。

そんな香港でタクシーに乗りました。まだ20代に見えるほがらかな運転手は、香港人のほとんどがそうなのですが、英語を流暢に話します。自分と後輩は片言しか話せないというのに。乗車時間は20~30分程度でしたが、打ち解けるのにほとんど時間は必要ありませんでした。ハンドルを握ったまま、頻繁に後ろを振り向いて話しかける彼の運転に、ちょっとはらはらさせられましたが。

後輩が日本の歌を歌い始めると、日本のカルチャーが大量に受け入れられている香港らしく、彼はすぐさま一緒に歌い始めました。後輩は歌がとても上手だったので、自分も”He is a singer”などとジョークを飛ばして笑いました。いまならメール交換も可能でしょうが、当時はそんな便利なツールもありませんでしたからそれっきりです。彼はなんと乗車料金を請求しませんでした。自分たちは日本円を記念にあげたら、笑顔で手を振ってくれました。

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