祖父との出会いと思い出
自分は祖父母宅で生まれているので、「祖父との出会い」などという表題を掲げるのは、ちょっと奇妙かもしれません。しかし、以来、祖父とはめったに会うことがありませんでしたし、祖父と面と向かって言葉が交わせるようになったのは、自分が大学生になってからのことなのです。
祖父は、満州からの引揚者で、戦後はソ連軍の捕虜となっていました。祖父は大きなグループを率いて日本に引き揚げてきた一人です。帰国後はある地方都市に住み、そこで助役として辣腕を振るったと聞いています。祖父宅には中国や日本の歴史や政治関連の様々な書物がかなりたくさん置いてあり、学者としての側面も持っていたように思います。
決して孫をかわいがるような温和な性格ではなかったのですが、自分が大学に入学し、中国文化を専攻するようになると、自分にばかり目をかけてくれるようになりました。そして、大学でついに卒業研究にとりかかる正念場になるころ、祖父は久しぶりに帰省した自分に対して、次のような質問をぶつけてきました。
「日本はアジアでよくないことをたくさんしてきた。それは確かだろうが、日本が戦争に敗れた結果、アジア各国は独立することができ、現在にいたっている。これはどういうことだと思うかね?」。この祖父の問いは、歴史が持つダイナミズムのようなものを示唆しようとしたのかもしれません。しかし、自分にはハードルの高い問いでしたし、祖父も解答を持ちあわせていなかったのではないでしょうか。ただ、ふたりでしばらく黙って同じ学問を追求する者同士、じっと見詰め合うしかありませんでした。
思えば、祖父と孫としての関係というよりは、男同士、または一個の人間対人間として、初めて会話することができたのがあの日だったと思います。自分はこのとき、本当の意味で祖父と「出会った」のだと感じています。祖父はその後しばらくして亡くなりました。そのため、祖父のあの問いはそのまま、自分のライフワークの中心を占めることになりました。生き方を方向づけるような決定的な出会いは、案外身近に潜んでいるものなのでしょう。
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